介護現場における「悲しみ」のプロセス
介護現場では、利用者さんと長く深く関わりを持つからこそ、彼らとの別れや病状の変化に対する悲しみも大きくなります。エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容のプロセス」は、そんな悲しみの中で私たちが経験する感情をひとつずつ紐解き、理解しやすくしてくれます。これは、ただの別れに限らず、日々の中で感じる喪失感や切なさにも当てはまるため、介護士の皆さんが共感できるプロセスです。ここでは、いくつかの事例を通して、介護士がどのように悲しみと向き合うかを考えてみましょう。
否認(Denial) – 「まだ大丈夫、きっと良くなるはず」
ある介護士は、長年担当していた利用者さんが急に体調を崩されたとき、最初は「またすぐに元気になるだろう」と考えていました。利用者さんはこれまでも体調を崩したことが何度もあり、そのたびに持ち直してきたため、「今回もきっと大丈夫」という思いがありました。しかし、医師から「病状が進行している」と聞かされても、その事実を受け入れることができませんでした。介護士は、その現実があまりにも悲しく、無意識のうちにそれを否認することで心のバランスを保とうとしていたのです。
怒り(Anger) – 「どうしてこんなことが起きるんだろう」
その後、介護士は徐々に現実を受け止めるようになりましたが、今度は強い怒りを感じるようになりました。「どうしてこんなにも早く病気が進行するんだ」「毎日必死にケアしてきたのに」といった思いが、自分の心を激しく揺さぶりました。誰にぶつけていいかわからない怒りを抱えながらも、介護士はそれを表に出さず、ひたすら仕事に没頭していました。介護士として、利用者さんのために全力を尽くすからこそ、こうした怒りが生まれることがあります。
取引(Bargaining) – 「もしもっと早く気づいていれば…」
ある日、利用者さんの容態がさらに悪化したことを知り、介護士は「もっと早くに他の治療法を提案していればよかったかもしれない」「あの時のケア方法を変えていれば」と後悔が押し寄せてきました。「何かできたかもしれない」という思いが、自分を責めるようになり、夜も眠れない日が続きました。このような気持ちは、どれだけ一生懸命に取り組んでいても湧き上がるものであり、私たちが何とかして悲しみを和らげようとする一つのプロセスなのです。
抑うつ(Depression) – 「自分の無力さがつらい」
その後、介護士は深い悲しみに沈み、何をしていても心が晴れない日々を送るようになりました。自分がいくら頑張っても利用者さんを救うことができないという現実が重くのしかかり、ケアをしている時間でさえも心に暗い影が差し込むように感じられました。抑うつの段階では、特に介護士としての無力感が強くなり、自己否定的な感情が湧くことが多くあります。このようなときは、自分が精一杯のケアをしてきたことを改めて認識し、悲しみに寄り添うことが大切です。
受容(Acceptance) – 「出会えたことに感謝して」
時間が経ち、利用者さんが静かに亡くなられたとき、介護士はその悲しみを少しずつ受け入れ、利用者さんとの出会いに感謝の気持ちを感じることができるようになりました。「利用者さんとの時間が、私にとって大切な経験だった」と考え、彼が教えてくれた優しさや笑顔を心に刻んで新たな日々に向かうことができたのです。受容の段階に達すると、別れの悲しみは消えませんが、心に残る温かい記憶となり、次の利用者さんに対するケアへのエネルギーとして還ってくるのです。
介護士の皆さんが心に留めておくべきこと
介護現場では、誰もが利用者様に対して優しさと愛情を持って接しています。それだけに、別れや喪失が心に与える影響はとても大きいものです。しかし、悲しみのプロセスを知り、それぞれの段階を通して自分がどのような感情を抱えているのかを理解することは、心の健康を守るために大切なことです。利用者様との思い出を抱きしめながら、次の利用者様にその経験と愛情を還元していくことで、介護士としての充実感もまた深まっていくのではないでしょうか。
注: ここで紹介した事例はすべて架空のものであり、実在の人物や出来事に基づくものではありません。
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